サイモンとガーファンクルのハーモニーが美しく、一躍有名になった「コンドルは飛んでいく」。
Wikiを見ていて気になる記述が。「ペルーの曲であるが現在日本で入手可能な音源は圧倒的にボリビア、次いでアルゼンチンのグループによる演奏が多い。」(Wikipedia)
元々はインカ時代のフォルクローレだと思うので、ペルーとかボリビアとかアルゼンチンとか、後の時代の国境線の線引きは意味がない。ペルーの曲ではなく、アンデスのフォルクローレとした方が正確かなぁと思います。
この曲を聴くと、『自分はアンデスにいるんだぁ』と実感します。なかなかコンドルを見ることはないのですが、1度だけ見ました。写真もあるのですが、小さいのでほとんど点です(笑)。高い場所を飛ぶので、望遠レンズがないと写真撮影は無理です。そのうちそのときの写真を見つけアップしますが、ほとんど判読不能です。
リャマの次は、コンドルを触ってみたいと考えているネコ師です。
「コンドルは飛んでいく」というフォルクローレには、もともとは歌詞がないのですが、様々な人が歌詞を付けています。使っている楽器ケーナやサンポーニャ(パンフルート)は管楽器なので、演奏している人は歌えない! これが歌詞がない理由です。うん、間違いない!
この代表的な歌詞、どんなものか訳してみました。
・・・・、大衆向け、という感じですね。そもそもマチュ・ピチュなどが出てくると興ざめします。マチュ・ピチュは標高が低いです~。このフォルクローレに、スペインの侵略以前のインカを懐かしむ、というテーマで詩を付けるのには抵抗があります。個人的には、インカ時代を理想郷のように称える考え方には、じんま疹が出そうです。
歌詞 -El Condor Pasa-
Oh majestuoso Cóndor de los Andes,
llévame, a mi hogar, en los Andes,
Oh Cóndor.
Quiero volver a mi tierra querida y vivir
con mis hermanos Incas, que es lo que más añoro
oh Cóndor.
En el Cusco, en la plaza principal,
espérame
para que a Machu Picchu y Huayna Picchu
vayamos a pasear.
ああ、アンデスの威厳あるコンドルよ、
連れて行っておくれ、アンデスの私の家へ
ああ、コンドルよ
私の愛する国に戻り、懐かしいインカの兄弟たちと共に暮らしたい
ああ、コンドルよ
クスコの大広場で、
私を待っていておくれ
マチュ・ピチュとウアイナ・ピチュへ行くために
さあ、出かけよう
(ネコ師訳)
YouTubeにはたくさんこの曲がアップされています。ネコ師はBGMとして聴くのため時間が長いのが好きなので、下の曲を選びました。
下は、サイモンとガーファンクル(Simon & Garfunkel)のバージョンです。
この歌詞はやはり、いいなぁ、と思います。
この曲は、1913年、ペルーの民族学研究家で作曲家でもあったダニエル・アロミアス・ロブレス(Daniel Alomias Robles)が、インカの王女を主人公にしたオペレッタの挿入曲として作ったとの説がありますが、そもそもそれ以前に、このメロディは存在しなかったのかについてはだれも説明していません。
ふと、過去記事の『スクレ近郊の集落観光ツアーに参加』の季節により楽器を使い分ける、ということを思い出しました。寒く風の強い冬のアンデスでは、パンフルートは、この時期に使います。この曲は、まさにそんな光景、そして、作物の栽培ができる夏期(雨期にもなっている)を待ちわびる心象風景を描いているように感じます。
「サイモンとガーファンクル」の歌詞は、これとはまったく切り離しているところが、逆にすごいと思います。他でも言えますが、ヒット曲をガンガン飛ばしている時期の作詞家は、まさに「神がかり」状態だと感じます。作詞家が歴史を勉強しているのではなく、曲自体に歴史が詰め込まれていて、作詞家はそれを引き出した、あるいは解釈した、という感じがします。
Simon & Garfunkelの歌詞の日本語版は、Webでいくらでもヒットしますので、そちらをご覧ください。






