2011年04月06日

エクアドル旅行の想い出あれこれ


 初めて行ったエクアドルの記事をこれまで場所別にいくつか書いていますが、今日は全体的な旅行の想い出を書きたいと思います。

 スクレからエクアドルの首都キトに行くのには、まずラパスに行きます。良い接続がないのでラパスに1泊。早朝、ペルーのリマ経由でキトに行きます。

 リマのトランジットは2時間。ラパスからキトまで、ペルーのトランジットを入れても8時間くらいだったと思います。リマの空港が大きくきれいなのに驚くネコ師。

 キトの空港に着いてまず驚いたのが、入国審査が非常にスムーズでスピーディなこと。これはボリビアとは全く違う! と感じました。

 ところが出国の時は違います。この出国の手続きはちょっと変でした。

 空港に入るのにセキュリティチェックがあり、チェックを終えてから飛行機会社のカウンターに行きます。ネコ師は、チェックインの手続きを終え、ちょっとタバコを吸おうと外に出ようとしたら、警備のおっさんに、外に出ることはできない! と怒られました。

 納得のいかないネコ師は、「なぜ?、なぜ?」攻撃を仕掛けますが、相手は権力を盾に、「外に出るものは麻薬取引者と見なす」などと脅しをかけてきました。

 かなりむかついたので、どうやってとっちめてやろうか考えていると、女性客が、このおっさんに一言二言話した後、さっさと外に出て行きました。

 そこでネコ師は、・・・。

ネコ師:今の女性は外に出て行ったけど、なんで許可したんだ!?
係官のおっさん:あの女性は、カードでお金を下ろす必要があるから。

ネコ師:それは変だよ。麻薬の取引かも知れない。なんで一緒に行って監視しないんだ?
係官のおっさん:「・・・・」

 うるさいことを言うやつだ、という態度で、質問には答えず、奥の方に逃げていきました。

 ネコ師が頭に来たのは、このおっさんがとても威圧的な態度をとったからです。このまま引き下がったのでは腹の虫が治まらない! それに、飛行機会社のカウンターまではどの空港でも自由に人の出入りができるのに、キトの空港は、建物の中に入れるのは切符を持った旅行者だけで、それ以外の人は中に入れない。一度入ったら外に出ることはできない。こんな空港は聞いたことがありません。世界中、あちこち行きましたが、社会主義の国でもこんなことはしていません。

 麻薬にうるさいアメリカでさえこんな方法は採っていないのに、麻薬対策だからという理由で高圧的な態度に出る係官に腹が立ったというわけです。


 エクアドルは、米ドルを国の貨幣として使っていて、独自の貨幣を持つのを放棄しています。このため、物価が割高なように感じました。

 このドルで驚いたのが、1ドルコイン。えっ、1ドルコインなんてあるの? 初めて見ました。しかも、アメリカ政府発行の正真正銘の1ドルコインです。

 私は長年、中南米を行き来していますが、1ドルコインなんて見たことも聞いたこともありません。最近発行されたのかなぁ、と思って発行年を見ると、20年くらい前になっています。

 私が知らないだけなのか、昔から一部の国だけで通用しているのか?
 いづれにしても、他の国では使えないと思い、ホテルで紙幣に換金してもらいました。写真を撮れば良かったのですが、忘れていました。

 エクアドルは、なんでも高いかというとそうでもない。庶民的なレストランはボリビアとあまり変わらない値段です。キューバのように外国人用の値段があるわけでもありません。これはとても不思議でした。

 昨年、メキシコのカンクーンに旅行した時には、物価の高さに驚きました。カンクーンでは、観光客が行く店だけではなく、全てが日本の物価以上の高値になっています。観光客がよく行く店はそれに輪をかけた値段です。その点エクアドルでは安い店がたくさんあるので、生活はそれほど困らないように感じました。

 キトの旧市街地を訪れた時、観光客がたくさんいるのにびっくり。同じ世界遺産の古都でもスクレ市にはあんなに観光客は来ません。エクアドルは、たぶん日本では人気がないのか、日本人観光客は一人も見かけませんでした。しかし、キトは一見の価値があります。世界遺産スクレの観光案内はやめにして、キトの観光案内に衣替えしようかと思ったくらいです。

 スクレ市は、ホセ・アントニオ・デ・スクレの名前を冠しているものの、彼にまつわるものは何もないのが現状です。もちろん、銅像はたくさんありますが。その点、キトにはスクレの住んだ家が残されていて、ネコ師はとても感動しました(過去記事をご覧下さい)。

 
 エクアドルには地方都市がたくさんあり、そのサイズが大きいのにも驚きました。まるでドイツのようです。日本のように大都市集中型ではなく、歴史のある地方都市にうまく人口が分散しているという感じで、とても住みやすそうに思いました。

 エクアドルにはまた行きたいと思います。行けるかどうかは分かりませんが。今回行っていない観光地がたくさんあり、面白そうです。ボリビアと違い、道路が整備されているので、レンタカーでいろいろ回れたら楽しいだろうなぁ、と思いました。

 ただ、標高2,800mのスクレに住むネコ師でさえ高山病になったくらいなので、普通の人は4,000mを超える場所に行くのには注意が必要だと思います。一度高山病の症状が出ると低地に移動しても直ぐには回復しません。

 エクアドルの経済が発達していることと、隣国のコロンビアも経済状態がよいことを今回初めて知りました。遅れているのはやはりボリビアだけということでしょうか。

 でも、スクレののんびりしているところが気に入っています。サン・フランシスコ・ハビエル大学だけで2万人の学生がいるという学生の街スクレは、活気に満ちています。標高が、もう500m低ければもっと快適なのですが。沸点温度の関係で。キトもスクレと同じ程度の標高に位置しています。征服者スペイン人達もこの程度の標高なら我慢できる、という限界標高だったのかもしれません。

 エクアドルの高地アンデス地帯「シエラ」は、万年雪を頂く高山に囲まれているため、水の心配がありません。このため、地方都市が発達したのだと思います。それに比べスクレの周辺には高山がないため、スクレはいつも水不足に悩まされています。夜しか水道の水が出ない、という家が結構あります。

 チャルカス・アウディエンシアのあったスクレがなぜ小さな小都市のままなのかは、水の存在が大きいと思います。世界遺産マチュピチュの記事でも書きましたように、マチュピチュの人口は水の量で規定されると思います。農地面積から人口を推計する手法は間違っています。食糧は外から運び込めますが、毎日使う大量の生活用水を運び込むのは不可能です。

 エクアドルの農村部を訪れ、土が豊かなのにも驚きました。スクレ近郊の石ころだらけの農地とは全く違います。アンデス高地は一般に土漠といわれる砂漠が広がっているのですが、エクアドルでは豊かな農地が広がっています。ネコ師のイメージするアンデスとは趣がかなり違います。

 コンドルが舞う荒涼としたフォルクローレの世界は、ボリビアとペルーが主流なのが理解できました。

posted by ネコ師 at 17:31| Comment(0) | エクアドル編 | 更新情報をチェックする

2011年04月03日

サリーナス村:エクアドル


 今日は、エクアドルの小さな村、サリーナス(Salinas)をご紹介します。

 場所は、リオバンバから北東に車で3時間位の距離にあります。キトからだと4時間くらいかかります。

大きな地図で見る

 リオバンバからチンボラソ山を通り、やっと目指すサリーナス村が見えてきました。

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 ウシ柄の壁がレストランです。この村には観光ツアーがあり、このレストランでの食事代もツアー料金に入っています。

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 村の広場に焼きトウモロコシの屋台があったので、食べてみました。それほど美味しいものではないです。醤油を付けて焼いたらうまいのに。

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 その横で「カニ」を売っていました。最初にこのカニを見た時はおもちゃかと思ったのですが、動いています! エクアドルで3回、カニ料理を食べましたが、全てこのカニです。海のカニにしては味が違うなぁ、と思っていたら山のカニでした。肉があまりなく、蟹味噌はとても食べれたものではありませんが、それでもカニはやはり美味しいです。

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 この村は、エクアドルの中でも「村おこし」に成功した村として有名で、村のあちこちで様々な小工業が営まれており、これらと観光が一体となっているという珍しい村です。

 村のガイドに最初に連れて行ってもらったのが薬草から作った様々な加工製品の売店です。このおばさんがいろいろ説明してくれました。その効能を聞いていると思わず買いたくなる!  というわけでたくさん買ってしまいました。

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 元々この村で小工業が始まったのは第二次大戦後のこと。

 この村には、敗戦国イタリアからたくさんの移民がやってきました。しかし、これといった産業もない小さな村で、イタリア人の移民達はひどく貧しい生活を強いられることになります。

 その貧窮を見るに見かねた一人の神父が立ち上がります。彼もイタリア人でした。たくさんの移民がこの村にやってきた理由のひとつには、このイタリア人神父の存在が大きかったようです。

 神父の名前はドン・ボスコ(Don Bosco)。ドンは敬称です。下の写真がボスコ神父です。とても優しそうに見えます。

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 ボスコ神父は、チーズの加工、薬草加工、クッキー生産などたくさんの小工業を興していきました。最初は、イタリア人入植者たちを中心に始まった活動は、入植者達が現地の人と結婚し、地元に定着するようになるにつれて村全体に広がりました。

 チーズ販売所の看板。隣にチーズ加工工場があります。

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 チーズ販売所。ここでモッツァレーラチーズを買って食べました。美味しいです。ビールが欲しい!

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 この村ではチョコレートも生産しています。カカオが採れないアンデスでなぜチョコレートを作るのか不思議です。そういえば、同じような条件下にあるスクレでも「パラ・ティ」という有名なチョコレートがあり、スクレの名産品になっています。

 このチョコレート工場。

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 工場にある売店です。この売り子の女性は写真よりずっと可愛いので、買い物客の男性たちにモテモテでした。

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 サリーナス(Salinas)と聞いて思い浮かべるのは「塩(Sal)」。そうなんです。ここでは塩も作っています。

 ずっと向こうに見えるのが塩の採取場です。そこまで行ってみましょう。

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 こんな谷を渡って行きます。とても気持ちの良い所です。

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 この水たまりのようなところが、塩水の噴き出している源泉です。この塩水を天日で濃度を高め、村に運んで、ボイラーの熱で煮て水分を飛ばして塩にするようです。

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 この村には紡績工場もあり、近くの村で飼っているアルパカやリャマの毛から毛糸を作っています。

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 アルパカの毛70%、アクリルとの混毛の毛糸です。

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 下の写真は、2本の色違いの毛糸を1本にしたもの。製糸の方法を変えて商品価値を高めているのだそうです。
 この毛糸を買ってスクレに戻り、誰かに編んでもらおうかと思ったのですが、やめました。どのくらい買ったらよいか分からないし、編んでくれる人も知らないし。
 
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 紡績工場とは別に、手編みのグループも直営売店を持っていて、編み物の実演をしていました。アルパカのセーターをまた買ってしまいました。

 値段は、編むのにかかる時間で決まるのだそうです。当たり前のように思いますが、改めて聞くと納得。太い毛糸だと早く編むことができるので安いのだそうです。

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posted by ネコ師 at 16:02| Comment(0) | エクアドル編 | 更新情報をチェックする

2011年04月01日

エクアドルの古都リオバンバ


 今日は、エクアドルの古都リオバンバをご紹介します。

 リオバンバは、チンボラソ県の県都。エクアドルの首都キトから約200km南にあります。標高は2,750mでスクレとほとんど同じです。

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 エクアドルに行って感じたのは、想像していたよりも国が発展していること。どの都市もきれいで、歴史的な建物がたくさんあり、ヨーロッパの地方都市のような感じです。

 リオバンバ市は、1534年8月15日、スペイン人侵略者ディエゴ・デ・アルマグロによって、現エクアドルの最初の植民都市として建設されました。リオバンバは、スペイン植民地時代を通じて、アメリカ大陸の植民地の中でも最も美しく、大きな都市の一つに数えられていました。そこにはたくさんの建物や教会が建ち並び文化的に高い評価を受けていましたが、1797年2月4日の大地震で都市は崩壊しました。

 このようなわけで、古そうに見える現在の建物は、19世紀以降のものということになります。

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 以上の写真はリオバンバの旧市街地でしたが、新しい市街地は西側に広がり、近代的な町並みです。

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 道路では子供達がなにやらパレードをしていました。

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 リオバンバの中心にあるスクレ公園。スクレの銅像がないか探したのですが、あったのはネプチューン像。

 絶妙のアングルから「パチリ」。

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 奥に見えるでっかい建物がコレヒオ・マルドナド(Colegio Maldonado)。マルドナド高校です。ところで、「マルドナド」って何?  後で出てきます。

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 スクレ広場から6ブロック東に行くと大きな広場があります。その名は「自由公園(Parque La Libertad)」。

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 この広場の中央にひときわ大きな彫像があります。あっ、スクレ将軍だ! と思ったのですが違いました。

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 碑銘を見ると「PEDRO VICENTE MALDONADO」と書かれています。「それ誰?」 というわけで調べてみました。
 
ペドロ・ビセンテ・マルドナド (PEDRO VICENTE MALDONADO(1704-1748年))


 リオバンバ出身の科学者で、植民地貿易の改善を図るため独自の資金でキトとエスメラルダス間の道路を開きました。また、キトの地形図やエクアドル最初の地図を作成しました。

 1734年にリオバンバ市長に選出されています。この業績が世界的に認められ、1736年、フランス赤道測地隊にエクアドル側メンバーとして協力し、赤道の子午線の測量を行っています。

 パリの王立科学アカデミーやロンドンの王立地理学会のメンバーとなりますが、1748年、44歳の若さでロンドンで客死しています。

 以前の記事で書きました赤道博物館に立ち並ぶフランス測地隊メンバーの胸像群の中で、入り口から入って最初に置かれているのが彼の胸像です。

 この広場の正面に面して建っているのがバシリカ(La Basilica)。この左隣に隣接しているのがサグラド・コラソン教会(Iglecia de Sagrado Corazón)。

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カテドラル


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 大通りから少し入るとなかなかすてきな家が建ち並んでいます。ちなみに、この建物はラジオ局として使われているようです。

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 リオバンバを世界的に有名にしているものに列車があります。この列車は「世界一危険な列車」と呼ばれ、「悪魔の鼻」(Nariz del Diablo)という断崖絶壁を通る観光列車がこの町から出ています。よく脱線するし、落石があったりして危険な列車というのは本当のようです。

 この観光列車のもう一つの売りは、世界で唯一、列車の屋根に乗ることができるということです。アフリカやインドではよく屋根に乗っているのを見かけますが・・・。

 この列車見る機会はなかったので、レストランの壁に貼ってあったポスターで雰囲気を確認して下さい。

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 この観光列車は、水曜、金曜と日曜午後 7 時、リオバンバの駅を出発するらしいです。
 子供達の背景にあるのがリオバンバ駅の旧駅舎で、現在は民芸品の売店があるだけで駅は町外れにあるようです。

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 最後に、リオバンバの夜の写真でおしまいです。写真の左側の道路を少し行った所にボリーバルが宿泊した部屋があるそうです。いまはレストランだったかな?

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posted by ネコ師 at 14:35| Comment(0) | エクアドル編 | 更新情報をチェックする

2011年03月28日

エクアドルの教会にも秘密の地下トンネル


 エクアドルの小都市リオバンバ(Riobamba)にある地下トンネルのお話しをしましょう。

 エクアドルに行った時に感じたのは、人口20万人の都市がたくさんあり、狭い国土に均等に配置されていることでした。ちなみに、エクアドルの国土面積は日本の75%、人口は14,306,876人(2010年推計値)です。
 
 下の表は、エクアドルの都市別人口ですが、第4位から第10位までが人口20万台です。
 日本のように大都市に人口が集中するのではなく、ヨーロッパに見られるように地方都市が点在するという印象でした。

エクアドルの都市と人口 (2010年推計値)


1. Guayaquil 2,306,479人
2. Quito 2,151,993人
3. Cuenca 350,068人
4. Santo Domingo 291,325人
5. Portoviejo 257,000人
6. Machala 250,000人
7. Durán 241,924人
8. Ambato 215,000人
9. Manta 211,000人
10. Loja 200,000人
11. Riobamba 190,000人

リオバンバ


 今日ご紹介するのは、第11番目の都市リオバンバ。以前ご紹介したエクアドル最高峰チンボラソ山の麓にある町で、チンボラソ県の県庁所在地になっています。



 リオバンバ市は、1534年、Colta湖の近くに現エクアドル領内で最初の都市としてスペイン人ディエゴ・デ・アルマグロにより建設されましたが、1645年の地震で建物はほぼ壊滅、さらに1797年2月4日の地震により都市は完全に破壊され現在の場所に移転しています。エクアドルが独立して直ぐにこのリオバンバが首都となりましたが、それは短い期間だったようです。

 町は歴史を感じさせる建物がたくさんあり、ヨーロッパの小都市といった感じです。ただ、18世紀終わりの建物なので、それほど古くはありません。赤道に近いため、気温は一年中変わらないそうですが、6,000m級の山に囲まれているため、日が暮れるととても寒いです。

 この町のご紹介は次回に譲るとして、今日は、秘密のトンネルのお話し。

 この街で、「マンシオン・サンタ・イサベリャ(Mansión Santa Isabella)」という名前のホテルに泊まりました。

 ホテルのマネージャーもしっかりした、とても感じの良いホテルです。下の写真に写っているのがマネージャー。

 
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 ホテルの隣はホテル経営の本屋になっています。 

輪番場のホテルサンタ・イサベリャ


 2階のホール。

チンボラソのホテル


 このホテルには4泊したのですが、ある時、ホテルに帰ったらマネージャーが、このホテルの地下に昔のトンネルを使ったバーがあることを教えてくれました。

 「おっ、エクアドルでもトンネルか!」と、いろいろ詳しく聞くことに。

 なんでも、このホテルの前の持ち主が教会の司祭で、現在のホテルオーナーが司祭が亡くなった時に買ったのだそうです。

 そして、地下にトンネルが延々と続いているのを見つけてびっくり。トンネルは、以前は教会として使われていた小学校まで続いていたそうで、その先は不明だそうです。

 噂では、町中にトンネルが網の目のように張り巡らされているそうです。

 ホテルでは、このトンネルを両側を塞ぎ、バーとして使うことにしたそうです。
 下の写真がバーの内部。使われている石材は当時のもので、ほとんど手を加えていないそうです。

 
トンネルを改造したレストラン・バー


レストランバーの内部


 しかし、スペイン人はどうしてトンネルを掘るのが好きなのでしょうか。大変な労力だと思うのですが。

 この感じの良いバーで一杯やりました。とても良い雰囲気で、隠れ家的で気に入りました。

 さて、ここから解決編です。・・・、というのは嘘です。情報がないので、何のためのトンネルなのかは結局分かりません。

 しっかりした作りで、まるで貯蔵庫のようですが、あちこちにつながっているのことを考えると貯蔵庫というよりも、戦闘用だったのかも知れません。尼僧院との逢い引き用にしては規模か大きすぎるように感じました。トンネルの高さは2メートル20センチくらいあり、幅は3メートルくらいです。壁や天井は石造りで、所々に太い材木の梁があります。

 トンネルと聞いてもっと狭いと思ったのですが、意外に大きいのでびっくり。
 何に使ったのか、知りたいものです。

 この話を運転手にしたら、「キトにもあるよ」とのこと。スクレにもポトシにもキトにもあるという地下トンネル。これだけあると、もはや秘密のトンネルという感じではないです。
posted by ネコ師 at 19:41| Comment(0) | エクアドル編 | 更新情報をチェックする

2011年03月15日

アンデスの子供達(エクアドル)


 東北大震災のニュースで気が滅入っていたので、今日はアンデスの子供達の写真をアップします。以前、ボリビアの子供達の写真をアップしましたが、今回はエクアドルの子供達です。

【過去記事】
 アンデスの少女たち
 アンデス・ロマン:猫と少女

 アンデスの厳しい環境の中で子供達は皆、たくましく生きています。
 女の子の身につけているピンクの肩掛けは暖色系で、心が和みます。

アンデスの子供達:エクアドル


アンデスの子供達:エクアドル


アンデスの子供達:エクアドル


アンデスの子供達:エクアドル


アンデスの子供達:エクアドル


アンデスの子供達:エクアドル


アンデスの子供達:エクアドル


アンデスの子供達:エクアドル


 アンデスは古い地層からなり、カンブリア紀の地層も見られます。しかし、地震もたびたび起き、過去には町が崩壊したこともありました。地震はどこにいても起きます。地震と津波に備えのある日本でさえ、あれだけの被害が発生したのですから、外国で大きな地震や津波が起きると、桁違いの被害になるのではないかと思います。
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posted by ネコ師 at 17:39| Comment(0) | エクアドル編 | 更新情報をチェックする

2011年03月05日

エクアドルの最高峰 チンボラソ山に登る


 記事のタイトルはたいそう大げさですが、エクアドルで最も高い山であるチンボラソ山に行ってきました。

 チンボラソ山の高さは、6,100m。こんな所まではとても行けません。車で行ける所まで行きました。それでも、標高4,700m地点です。こんな高い所まで登ったのは初めてです。

 案の定、高山病に罹りました。

 高山病にはコカの葉が一番。ところが効力は30分くらい。また頭が痛くなります。

 エクアドルは、3つの地域に大別することができます。海岸地域の低地部分が「コスタ」、アンデスの山々に囲まれた高地平原地帯が「シエラ」、そしてアマゾンの熱帯低地部分が「オリエンテ」と呼ばれています。シエラと呼ばれるアンデス高地は南北方向に二列の山脈があり、その間に高地平原が広がっています。

 6,000m級の高山と聞くと驚きますが、アンデスにはたくさんあります。

 アンデス最高峰はチリ・アルゼンチンのアコンカグアで6,960m、第二位はオホス・デル・サラードの6,880m、第三位はトゥプルガト(6,800m)、第四位はメルセダリオ(6,770m)以上がチリ・アルゼンチン・アンデスです。第五位にペルー最高峰のワスカラン (6768m)がランクインします。
 チンボラソの6,310mは17番目です。6,000m級の高山がいかにたくさんアンデスにあるかが分かると思います。

Google earth画像


Chimborazo


 下の画像の矢印の所まで登りました。

Chimborazo


Chimborazo


チンボラソ山


チンボラソ山の登る


 チンボラソ山の中腹を通る道路をぐんぐん登っていきます。もちろん車でです。
 途中で記念撮影。エクアドルの美女二人にモデルになってもらいました。この地点の標高は、4,235mです。

チンボラソ山


チンボラソ山


 一般道から環境保護区の中に入ります。
 入場ゲートがあり、エクアドル人は2ドル、外国人は10ドル支払います。ネコ師もしっかり2ドル支払いました(ん? 細かいことは気にしないように)。

チンボラソ山料金所


チンボラソ山への入場券


 料金所を過ぎてからさらに登っていきます。だんだん頭痛がしてきました。

チンボラソ山


 私の時計では、4,705mを指していますが、Google earthで見ると4,850m地点のようです。
 呼吸は苦しくないのですが、頭が痛い! 目の周りがずっしりと重たい感じです。

時計による標高:チンボラソ山中腹


 この地点には宿泊施設があります。ちょうどこの位置から残雪が始まっています。今は夏なので、これより上は万年雪なのではないでしょうか。

チンボラソ山中腹にある山小屋(標高4,850m)


 頂上は直ぐ近くに見えるのですが、まだ1,460mも登らなければなりません。
 スクレの記事で書きましたが、標高3,000mの位置から400m登るのに2時間かかりました。ネコ師には山頂征服など無理なことがこれで分かります。

チンボラソ山


チンボラソ山


 「そこに山があるから登る」という人がいますが、ネコ師は山があっても絶対に登りません。
 景色もきれいだし、空気も澄んでいて気持ちがよいのですが、寒くて空気が薄い! 早々に引き上げました。ところが、この頭痛が治まりません。標高はぐんぐん下がっているのに症状は同じ。

 この症状はスクレに戻ってからも続きました。恐るべし高山病。高山病は高度が上がったから直ぐに罹るわけではなく、また、高度が下がったから直ぐに治るというものでもないようです。

 ところで、スクレで高山病になる人は一人もいません。理由は簡単で、飛行機の中で高山病になる人がいないからです。高度9,000mを飛ぶ飛行機の中は加圧していますが、その圧力は標高換算で2,550m~2,800m程度のようです。

 ラパスにある標高4,000mのエル・アルト空港に着いた時、いきなり息苦しく感じますが、それは気のせいです。飛行機の内部は着陸のかなり前から減圧し、地上と同じ大気圧で着陸します。

posted by ネコ師 at 15:40| Comment(0) | エクアドル編 | 更新情報をチェックする

世界遺産:キト旧市街(その2)


 前回に引き続き、世界遺産キトの市街をご紹介します。

キト市内1


キト市内2


キト市内3


キト旧市内4


キト旧市内5


独立広場(Plaza de la Independencia)


 1822年5月24日のスペインからの独立を記念した広場。四方にはカテドラル、大統領官邸、市庁舎、大司教座がある。

キト旧市内6


キト旧市内7


キト旧市内8


キト旧市内9


独立記念碑


キト旧市内10


独立記念碑の足下にライオンがいます。ライヤンの体には矢が刺さっています。このライオンはスペインを表し、その体に突き刺さった矢はスペインとの戦いを象徴しているそうです。

キト旧市内11


カテドラル


キト旧市内12


 このカテドラルは3回建て替えられています。最初に建築されたのが1545年~1572年にかけて。スクレのカテドラルと比較してその大きさに圧倒されました。

キト旧市内13


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旧造幣局博物館


 この旧造幣局博物館は面白いです。何が面白いかというと、・・・・。 

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 たくさんの女子高生が出迎えてくれます。10人以上いたと思います。ボランティアとして博物館のガイドをしています。階段の所にいた子にポーズをとってもらいました。

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サンフランシスコ広場


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 何代か前の市長が汚職市長で、古い家々のバルコニーを現代風のものに変えてしまったのだそうです。

posted by ネコ師 at 08:23| Comment(0) | エクアドル編 | 更新情報をチェックする

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