賞金首のネコは、あの事件以来、すっかり姿を見せなくなりました。
当時、私の実家は燃料店を営んでおり、・・・炭とか練炭とか、灯油とかを売っていました。
店の玄関の所にはミツウロコ社の練炭がうず高く積まれていました。
ある日のこと、ネコの鳴き声がします。それも、小さな仔猫の鳴き声です。
ネコ好きの私は、すぐに探しに行きましたが見つかりません。
それでも、猫の鳴き声がするのです。
じっと、耳をすまし、やっと声の出所が分かりました。1階と2階との間のわずかな隙間から、その声は聞こえてきました。
そこで、その隙間から覗いてみると、小さな生後2、3週間程度の仔猫が数匹見えました。
その中の一匹を「むんず」と捕まえ、持ち帰ろうとしたのですが、仔猫も必死。思いっきり手を噛まれました。
「ブチッ」という音と共に、仔猫の牙が私の手に突き刺さり、思わず手を放してしまいました。
私の手から放たれた仔猫は、こともあろうかうず高く積み上げられた練炭の間に落ちていきました。
この「うず高く」というのは半端な高さではなく、ほとんど天井近くまで積まれていて、やっと子どもが通れるくらいの隙間でしたから、2メートル30センチくらいはあったと思います。
ネコは、その一番下まで落ちたようでした。
練炭は何列にも積まれていて、子どもの私には、どうすることもできなくて、「このまま、ネコが死んだらどうしよう」と、その後、すっと心配していました。
しばらくは、ネコの声も聞こえていましたが、そのうち、忘れてしまいました。まったく、子どもっていい加減なものです。
結局、仔猫は、練炭をよじ登り、母ネコとともにどこかもっと安全な場所に移ったようでした。
当時の練炭は、ワラ縄で縛ってあったので、一番下まで落ちた仔猫でも簡単に登ることができました。
でも、それを知らない私は、なんとなく、仔猫の干からびた死体があるような気がして、そこを通るたびに不気味に思っていました。
この事件で分かったことは、小さな仔猫でも野良猫は警戒心が強く、おもいっきり囓るということ。それに、その牙は、人間の皮膚を簡単に突き破るほど鋭いということでした。
大人のネコは野良猫でも人間に牙を立てるようなことはしません。多分、牙を立てると逃げられなくなる(逃げる時間が短くなる)のを学習しているためだと思います。
何匹かいた仔猫たちを母猫がすべて運び出したのには関心しました。一応、夜には玄関は閉まっているので、昼の間に、人のいない時を見計らって、一匹づつ運んだのだと思います。
この母ネコは、賞金首のネコだったという話も聞きましたが、本当のところは分かりません。私は見ていないので。
でも、この事件の仕返しはなかったと思います。私の記憶の中では。
次回は、犬と猫の仲裁に入って、大変なことになった私の経験をお話しします。