2008年05月29日

世界遺産 ココ島(コスタリカ)


 コスタリカのカリブ海側の話が続いたので、今度は太平洋側の話。

 コスタリカの南西方向550Kmのところにココ島(Isla del Coco、英語ではココス島と言うらしいが、複数名詞とする理由は不明)という無人島がある。カリブ海側は多くの島があるが、太平洋側にはココ島の1島しかなく、まさに孤島である。

 面積は46.6Km²だから、7Km四方の島ということになる。

ココ島の地図

(コスタリカ本土のすぐそばにココ島が描かれているいい加減な観光用HPであってびっくりした。実はかなり遠い。近かったら行けたのだけれど・・・・)

 この島は、以前から海賊が財宝を隠した宝島として有名だったが、ジェラシックパークの舞台になったことで、一般にも知られるようになった。

 私がコスタリカにいたのは1991年までだから、1993年に公開された最初のジェラシックパークよりも以前だった。

(世界遺産の話は、実際行ったことのあるところを書いていますが、ココ島だけは行けなかった。)

 ココ島は、国立公園に指定されていて、当時から政府の許可がないと上陸できなかった。

 ココ島は1997年、ユネスコの世界遺産(自然遺産)に登録され、また、1997年、2001年に続編が公開されたジェラシックパークの舞台として広く知られるようになった。

 最近は、ダイビングのスポットとして脚光を浴びており、15ドルのパーミションを払えば上陸できるらしい。

 ただし、宿泊施設はなく、キャンプも禁じられているから、船で寝ることが条件。

 たしか、ガラパゴス島も同じような条件だったと思う。自然を守るための最低限の条件ということだろう。

 ココ島には行ってみたいけど、そもそも、上陸ができないのでは仕方がない。無人島と言っても管理人が住んでいる。宝目当てのトレジャー・ハンターから貴重な自然とあるかどうか誰も知らない「海賊のお宝」を守るために。

 年間降水量は7,000mm以上で、島内には200以上の滝があるという。この島が宝島と呼ばれる理由は、この豊富な淡水が得られることによるかも知れない。

 海賊にとって、安心して航海に不可欠な水の補給ができる場所は限られていたと思う。

 伝説の宝は3つあり、William Davis、 William Thompsonおよび Benito " Bloody Sword" Bonito が隠した財宝。1684年から1821年の間に隠されたと伝説は伝える。スチーブンソン(Robert Louis Stevenson)の有名な「宝島」は、この伝説がモデルとなっている。

 3つの宝の中で最も価値のあるものはWilliam Thompsonによって隠されたもの。これは、リマ戦利品と名付けられたもので、ペルーのリマにある教会のドームと丸屋根から盗まれた大きな金箔シートであると言われている。

 これまでに多くのトレジャー・ハンター達が挑んだが、これらの財宝は未だ発見されていない。

 ココ島へはコスタリカの太平洋側にある港町ブンタレーナスから漁船で1週間あれば往復できるらしい。一緒に行かないかと誘われたが、その1週間の休暇が採れずに断った。

 でも、本当は別の理由。

 実は、私は陸酔い(おかよい)する。船酔いではなく。船に乗っているときは良いけど、陸に上がってから酔うタイプ。

 地面が揺れて気持ち悪くなる。歩いていても地面が揺れっぱなしで、これが治るのに1週間もかかるという重傷。だから、長い船旅は苦手。

 陸酔いすることに最初に気づいたのは、石垣島から那覇までフェリーに乗ったとき。台風を避けるために遠回りしたとかで、12時間くらいかかった。船旅は順調で、海は静かだった。

 船中では寝ていたし、船もゆれないので、船酔いはしなかった。でも、船のトイレは悲惨で、ゲロゲロの跡と匂いが立ちこめていた。

 陸に上がってから、地面が揺れるので、最初は「めまい」かと思ったけど、そうではないらしい。身体が船のエンジンの振動を覚えていて、耳元でその振動がずっと聞こえている。これが治るのに3日かかった。

 次に陸酔いしたのは、カリブ海クルーズの時。マイアミから3泊4日のクルージングの旅に出かけた。乗ったのは豪華客船で、船内に7つもエレベーターがある新造船だった。

 この時は、カリブ海のところどころの島に立ち寄るので、大丈夫かと思っていたけど、旅を終え、マイアミに戻ってから、やはり陸酔いで苦しむことになった。この時は1週間くらい地面が揺れていた。三半規管が弱いのかも知れない。

 そういえば、船酔いするのは日本人だけと聞いたことがある。豪華客船の長期船旅でも、船医が船酔いの乗客の治療をするのは2、3人だが、日本人が多いとその割合が激増すると言っていた、のをテレビで見たことがある。

ちょっと付け足し。
海賊と書いたけど、誰が海賊なのか、海賊とは何なのか時代背景を考えることが重要かも。スペインやイギリスは、国自体が海賊行為をして、殺戮、略奪を繰り返していた訳だから。どうも、民間人がグループで海を舞台に略奪行為をすることを海賊というらしい。国レベルがやった場合は海賊国家とは言わないらしい。七不思議。


posted by ネコ師 at 23:17| Comment(0) | TrackBack(0) | コスタリカ編 | 更新情報をチェックする

2008年05月27日

世界遺産 オランダ領キュラソー島と杉原千畝


昨日の記事で、キュラソーの話がでましたので、今日はキュラソーについて書きます。

キュラソー島(クラサオ島、Curaçao)は、オランダ領アンティルの中心的な島。ベネズエラの北約60kmに位置し、面積は448km²。コスタリカの首都サン・ホセからはKLMオランダ航空が運行していた(今は知らない)。

キュラソーの位置図


主都はウィレムスタッド。ベネズエラからわずか60Kmしか離れていないところに、オランダ領のアルバ島、ボネール島、キュラソー島という3つの島(ABC諸島呼ばれている)が並んでいる。ちょっと信じられない。

ちなみに佐渡島と本土との最短距離約34km、面積は855km²だから、キュラソーは距離が2倍、面積が半分といったイメージ。そこが遠く離れたオランダの領土となっている。佐渡島がイギリスの領土だったらと想像してみてください。ベネズエラの国民にとってはあまり気分の良いものではないでしょう。

首都ウィレムスタッドの町並みは1997年ユネスコの世界遺産に登録されている。

この街並みは本当に美しい。言葉で説明するよりも写真を見た方がは早いので、Wikipediaからお借りした写真を貼ります(私の写真は後日アップします。別宅にあるので) → 探したけど、アップできる写真はあまりないなぁ。それでも、何とかオリジナル写真を下の方でアップしました。


港沿いに立ち並ぶ家々の壁はカラフルな色で塗られ、しかも、それが景色に調和している。おとぎの国のような、絵本から抜き出したような美しさだ。

オランダには行ったことがないけれど、オランダもきっとこんな感じかな、と思った。

町の中は落ち着いた雰囲気で良く整備されていて、散策していても楽しい。お土産やさんには木靴が置いてあったりして、「ああ、ここはオランダなんだ」と感じさせてくれる。

町は大きな運河(入り江)をはさんで、二つのブロックに別れている。

二つのブロックの間は、浮き橋を渡って行き来することができる。この運河は大きな船が出入りするため、船が通過する時間になると、タグボートが浮き橋の一端を引っ張って、船が通れるように開ける。これがまた長閑でいい。浮き橋は、戦争の時に工兵隊が軍事車輌を渡すために造るようなフロートをたくさん並べ、その上に板を敷いたタイプ。

海岸は、それほどきれいではない。私が行った浜辺は人工的に造ったものだった。トップレスのビーチで、目のやり場に困った。(トップレスといえば、スペインのマラガの浜辺はすごかったぁ るんるん

よい浜辺はホテルのプライベートビーチになっている。宿泊客じゃないとビーチに入れない。

浜辺の美しさならアルパ島が良い、と聞いたが、キュラソーからさらに乗り換えなければならず、行けなかった。

ここら辺までは、世界中どこへでも行くさすがの日本人も足を伸ばすことはないようで、日本人とはひとりも出会わなかった。

最初、浜辺のホテルに予約したが、エアコンが壊れたので宿泊できないと言われ、ホテルからタクシー代を10ドルもらって町の中のホテルに変えた。

最初のホテルは町からかなり離れているので、町の中を散策できる市内のホテルに替わって、結果的には正解だったと思った。

困ったことは、旅行した時期が悪かったこと。イースターの真っ最中だったため、市内のレストランはすべて閉店。ホテルの料理も、食材が入荷しないので、惨憺たるものだったこと。

でも、私は食べることにはあまり関心がないので、それほど気にはならなかったけど。


下の写真から、町の美しさの一部でも分かって欲しい。さすがは世界遺産。

港沿いのオランダ風な街並み


港のパノラマ


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まず、キュラソーといえば、このパンフレットが頭に浮かぶ。ホテルにあったものを持ち帰り、アルバムに貼ってあったものをスキャンした。

キュラソーのパンフレット


次は、浮き橋の写真。

この橋を渡り、対岸のブロックに行って戻ろうとしたら、船の通行する時間にちょうどあたった。この浮き橋をタグボートが引っ張って船が通れるようにする。

夕暮れに、橋が元に戻るのを待つのも楽しかった。

キュラソーの浮き橋


最後に、港の町並みを彩るカラフルな色彩の建物の前でのショット。
港の通のカラフルな建物の前で

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この旅行で一番印象深かったのは、次のこと。

コスタリカへの帰りの飛行機の中で信じられないことが起こった。なんと、KLMのスチュワーデスが制服を脱いで、全員レオタードのバニーガール姿になって出てきたのだ。

ウサギのしっぽと耳を付けて。ついでにうさぎの歯まで付けるという念の入りよう。狭い機内はお色気むんむんで、大変な騒ぎだった。座席の脇の狭い通路をウサギのしっぽを付けた網タイツのお尻が通っていくシーンを想像して頂ければ分かります。

KLMではこの時期、このイベントをやるらしいが、これにはびっくりした(うれしかった るんるん いまでもオランダ娘とちょっとおばさんのスチュワーデス(これは死語か?)の網タイツが目に焼き付いている)。お陰で、とても思い出深い旅行になった。このイベントに出会った人は他にいるのかな?  JALでも是非やってほしい。(なんか、この部分だけ力が入っているなぁ たらーっ(汗)

キュラソーとユダヤ人に「命のビザ」を発給した杉原千畝とは関係がある。

命のビザは日本通過ビザで、目的地は、「オランダ領キュラソー」だった。

杉原千畝のことは、以下のサイトで詳しく解説しています。岩手大学の教授のサイトで、非常によくまとめられています。さすがですね。勉強になりました。
http://structure.cande.iwate-u.ac.jp/miyamoto/sugihara.htm

明日は、Seesaaブログがメンテナンスのため終日使えないのでお休みします。


posted by ネコ師 at 21:28| Comment(0) | TrackBack(0) | カリブの島編 | 更新情報をチェックする

2008年05月26日

カリブ海のサン・アンドレス島


 昨日の記事でサン・アンドレス島へ旅行に行った話をしましたので、今日はサン・アンドレス島のお話です。

 サン・アンドレス島は、カリブ海に浮かぶコロンビア領の島。といっても、南米コロンビア本国からは遠く離れていて、中米ニカラグアの東側に位置しています。


Source: Google Map

 非常に小さく平坦な島で、面積は約26K㎡というから、5Km四方しかない。
 島の移動は徒歩。空港からホテルまでも徒歩です。

 小さな島のため、飲料水は島の外から運んでくるそうです。外からと行っても、一番近い陸地はニカラグアなので、たぶんニカラグアから運んでくるのでしょう。どこの水かは知りませんが、ホテルの水は少し塩辛かった。

 海はきれい、の一言。カリブに来た! という気分を満喫できる場所です。まさに、夢に描いたカリブ海がここにあるという感じです。

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Source: Tumblr riggu

 ちなみに、コスタリカは太平洋とカリブ海に面しているけれど、カリブ海側の海岸は良い浜辺がありません。行くとちょっとがっかりします。太平洋側の方がきれいな浜辺がたくさんあり、リゾート気分を味わえます。

 サン・アンドレスは、やはり海がきれいだ。遠浅の海岸、白い砂浜はまさに思い描いたカリブの浜辺という感じ。思い描いたような浜辺って結構探すのが大変だけど、それがここにある、っ感じかな。

 小さなボートで10分くらい離れた島まで行って、そこで泳ぎました。

 小島では椰子の実のジュース、フルーツジュースやアイスクリームの売り子がたくさんいる。面白いのは、棒状のアイスクリームを買うと、売り子がアイスの入っていた袋をその場で回収していくこと。理由を尋ねると、ゴミの回収が販売許可の条件になっているそうです。

 トイレも面白い。小さな小島(周囲500m位だったと思う)のため、水がない。トイレは、トイレ番の人がいて、汚物を流す水をくれる。多分お金を払ったと思うけど、よく覚えていない。さすがに、日本式のボットントイレはなく、(いちおう)水洗ということ。

 サン・アンドレス島の町は見るべきものは何もなく、飛行場とホテルだけの島といった感じ。

 自分で撮った写真が見つからないので、You Tubeを探していたら、上で書いた雰囲気(私の記憶)と同じ風景のサン・アンドレスのスライドショーが見つかったので、これでイメージしてください。上で書いた「小島」は32秒後に映ります。

 ビデオを探したけど、皆、素人ビデオで、ちょっと鑑賞に堪えないものばかり。下のものはスライドショーで、きれいに仕上がっています。

(素人の画面の揺れるビデオはちょっと敬遠)
大きな音が出ますのでご注意ください。音は消した方が良いかも。

source: YouTube "Vacaciones Isla San Andrés"

 じっと見ていると、行ったときのことをだんだん思い出してくるから不思議です。

 何か、淡々と書いてしまったけど、・・・・・・。何となく、島自体は印象が薄かったのかなぁ。海しか覚えていない。

 個人的には、サン・アンドレス島のずっと南、南米大陸の少し北にある、オランダ領のクラサオ(キュラソー)の方が好きです。

 でも、海は、やはりサン・アンドレス。あぁ、カリブだ! と思います。


posted by ネコ師 at 23:06| Comment(0) | TrackBack(0) | カリブの島編 | 更新情報をチェックする

女中のデイシーにネコのエサを食べられた!


コスタリカに住んでいたとき、オキというネコを飼っていました。やはりネコ好きのお向かいさんから戴いたネコです。(オキのことは過去ログをお読み下さい。右バーのカテゴリーから入るとすぐに見つかります。)

久々の休暇に……、夏だったのか冬だったのか、全然覚えていません。季節が年中同じなので……、コスタリカのカリブ海側にあるコロンビア領のサン・アンドレスという島まで2泊3日の予定で遊びに行くことにしました。サン・ホセから直行便が出ています(いました。今は知りませんが)。

そこで困ったのがネコの世話。知り合いに預ける訳にもいかず、女中のデイシーおばさんに面倒を見てもらうことにしました。デイシーは通いの女中さんでしたが、私たちの旅行中は家に泊まってもらいました。

当時は、ペットフードがなかったので、ツナ缶を10個くらい買って、これをオキに食べさせて、と頼みました。

しかし、案の定、ツナ缶はデイシーの家族のお腹に入り、オキは食べることができませんでした。

どうしてそれが分かったか。
オキがそう私に告げ口をしたからです。ウソです。

なぜ分かったかというと、ある時、デイシーが缶詰を開けることができないのに気づいたからです。

缶詰は、今風のネコ缶のような手で開けられるものではなく、普通の人間が食べるツナ缶です。これを開けるには缶切りが必要ですが、デイシーは日本から持っていった缶切りの使い方を知らないのです。我が家に缶切りはこれ一個しかなかったのです。

そうなのです。デイシーは缶詰をすべて持ち帰り、自分の家の缶切りで開けて食べてしまったのです。

旅行から帰ったときに、ネコの異常にすぐ気がつきました。すごく凶暴になっていました。えさを満足にもらえず、虐待されたのかもしれません。ネコは環境の変化でわずかの期間にこんなに変わるものかと驚きました。

カーテンによじ登ったり、子どもの後ろから近寄り、押し倒したり、それはそれは大変な暴れネコになっていました。

デイシーに缶詰はどうしたと聞きましたが、とぼけていました。

もし、ツナ缶ではなくネコ缶だったなら、たとえ手で開けられたとしても、さすがのデイシーおばさんでも食べなかったと思うけど、当時はなかったのです。

当時売っていなかったものと言えば、「綿棒」もそうです。子どもが生まれたばかりだったので綿棒を欲しかったのですが、どこにも売っていないのには困りました。薬局をあちこち探しましたが、ありませんでした。もちろん、今は売っていると思いますが。


posted by ネコ師 at 01:03| Comment(0) | TrackBack(0) | | 更新情報をチェックする

2008年05月24日

ミャー助の背伸びのせいで病院(眼科)へ


ミャー助は、小学校の校門のところに棄てられていたのを子どもが拾ってきたネコでした。生後2週間くらいの本当に小さなネコで、スポイトでミルクをあげていました。

このネコちゃんは、人間と一緒に寝るネコで、よく私とも一緒に枕を並べて寝ていました。

ある日曜の朝、ふと目を覚ますと、ちょうどミャースケも起きて、背伸びをしたところでした。私の目の前をミャースケのふさふさの柔らかな毛が通りすぎていったのを覚えています。私は、そのまま、再び眠りに落ち、9時過ぎに目を覚ましました。

起きあがろうとしたとき、目が変なことに気づきました。痛くて目を開けていられないのです。

原因が分からず、眼科に行きました。結膜炎かな、とも思いましたが、結膜炎なら何度か罹ったことがあるのですが、それとは痛みの質が違います。これまでに経験したことのないような痛みでした。目を開けることができないくらい痛いのです。

眼科医に原因を尋ねると、「水晶体に非常に細かい線的なキズがたくさん付いています。どうしたのですか?」と逆に聞かれました。

最初、全く原因が思いつかなかったのですが、ふと、その日の朝のミャー助の背伸びのことが頭をよぎりました。

「そうだ、あのとき、ミャー助の背伸びした腕の毛が、目覚めて開いたばかりの私の眼球をなでていったのだ」と。私は、そのまま目を閉じて寝てしまったため、痛くならなかったようです。再び目覚めて、目を開けたとき、一気に痛みが広がりました。

普通であれば、まつげ、まばたき等で防御できるのでしょうが、目覚めたばかりで機能しなかったため、ミャー助の腕ブラシで私の瞳が撫でられることになったようです。

…… この文章を書いていて思い出したのですが、疲れてくると、まぶたの反応が遅くなるようです。私が外国でお風呂に入っていたとき、バスタブの中で顔を洗おうと、手のひらに石けんをつけました。そして、それを顔に……、 目を開いたまま。

自分でもびっくりしました。目を開いたまま、石けんで顔を洗ったのです。結果は、ご想像のとおりです。

寝起き時や疲れた時は、まぶたの機能が著しく低下するということを実感した経験でした。


posted by ネコ師 at 23:57| Comment(0) | TrackBack(0) | | 更新情報をチェックする

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